川島さんが「この成功には再現性がない」と明るく話す姿に心震えた。マーケティングの本や評論家の言うこととは、遠く離れた場所に成功の鍵がある。けれども、それは誰もやったことがない成功。ただ自分の心に従えばたどり着ける成功。もしかすると、誰からも評価されることのない成功。僕は、その成功に手をのばすことが好きだし、一番の近道だと思った。その成功に再現性はない。



自分の中には、何人も別の人間がいる。車を運転しているときの僕は嫌なヤツだ。経済の話をしているときの自分も、政治の話をしているときの自分も、科学の話をしているときの自分も、だいたい嫌なヤツだ。
好きな友達と話しているときに、「あれ?これって僕の声だっけ?なんでこんなこと話してるんだっけ?」と思う瞬間があった。嫌いな自分だった。
すべての人が、占い師のように、相手の一部を引き出すのだと思う。僕も、誰と話すかによって、自分の違うところを引き出されている。その相手が、素晴らしい人だったり、好きな人だったりするのに、自分の嫌な部分を引き出されることがある。なぜだか、その人に会うたびに、反省している自分がいることに気がついた。
逆に、会うたびに自分のことが好きなるような友人もいる。



僕は、筆跡占いをするときに気をつけていることがある。それは、「相手の背中を押さない」ということだ。占いは、多かれ少なかれ、相手の背中を押してしまう。相手の本来の魅力を引き出すことで、相手は「自分の魅力」という力によって、普段と違う方向へ自分を押し出してしまう。僕は、それが良いことだとは思っていない。それは、相手のブレーキを緩めることに他ならないから、たいてい事故になる。
僕が占いでしていることは、ただ一緒にいる間、相手のことを想っているだけだ。筆跡に手をかざすと、景色が見えてくる。その何気ない景色の中で、その人が忘れてしまった「匂い」を感じ取って、その匂いの価値に、手を触れている。伝えるべき言葉を探している。浮かんでくるイメージには、過去も現在もない。ただ、相手の経験が、同時に自分を通り過ぎていくみたいだ。それが何なのかわからない。ただ、感じたことを話すと、驚くほどに相手の何かを言い当てている。

言い当てることは、占いの目的ではない。占いの目的は、僕にはわからない、遠いところにある気がする。

占いの状態の中で、いつもと違う呼吸をしていると、まるで自分の記憶のように、別の記憶が思い出される。そして、僕ではない誰かが、その人生の中で、どのように心を動かしてきたのかを、追体験する。その人の振る舞いを客観的に見ていると、「美しさ」や「尊さ」を感じる。僕が占いをさせていただいた多くの人は、不器用で、必要以上に優しくて、損をしながら、大切なものを手にしていた。けれども、大切なものを手にしたことなんて気づいていない、もしくは、忘れてしまっている。
その忘れてしまったことや、他の経験によって、台無しにされてしまった「なにか」を、僕は修復しようと思いながら、想いを寄せている。どうにかしてあげたいと思うけれど、こんなふうにして「今」存在しているその人自体が、とても美しいのだと痛感する。
アドバイスなどできないことの方が多い。ただ、その中で、いくつかの「匂い」を、僕は伝えなければならないのだ、と感じる。それは、とても小さくて、しかも、話しているそばから、何を話したか忘れてしまう。夢の記憶のようだ。ともかく、僕は何かを話していることに間違いない。

その言葉をうけた相手は、きっと僕を通して過去をみているんじゃないだろうか、と思う。けれども、相手はその過去を元に、未来をイメージしている。相手が「今後、どんな人に出会いますか?」と聞いてくる。僕にそんなことは分からない。けれども、僕の頭には、絵が浮かんでくる。部屋のイメージ、その本棚だったり、玄関だったり。外に出たときの風景、、、僕はそれらを伝えてきた。相手は、それを未来の出来事だと思う。僕には、未来なのか過去なのかわからない。まだ起きていないなら、未来なのかも、と思う。
そんな風にやってきたら、ある日、僕の占いをうけた人から「占いで言われたイメージの人と結婚しました」という報告を受けたことがある。その人の家にいったときに、占いで見た家とそっくりだったので、僕自身も驚いた。

僕が見たものが未来なのか過去なのかわからないけれど、ともあれ、その「匂い」は、すでにその人がまとっている。そして、その価値に気づかないふりをしている。とてもデリケートなものだから、気づいて生きていくのは、心が辛くなるんじゃないかと思う。僕が占いをしているとき、それに手をかざしながら、元気になってほしい、と祈っている。僕は、例の呼吸をしながら、祈っているだけだ。いつも「無力」を感じる。「無力」」を感じるけれど、「無力さ」は感じない。人は、どんなときでも完璧に美しい。その前で、僕は「無力」だ。何かしてあげたいけれど、そんなのはエゴでしかない。自分にできることは、ただ同じ時間をともにすることだけだ。
占いをうけた人が元気になるとき、僕はそれを本人の自己治癒力だと思っている。人は、自分のことを見てくれる人が、そばにいさえすれば、自分自身で己を癒やすことができるのだと、僕はそう思っている。

あぁ。
文章を書くときの僕は、占いをしているときの僕ではないから、半分のことしか書けない。
文章を書くときの僕は、余計なことを意識しすぎて、相手のことよりも自分がどう見られるかばかり考えてしまうから。



普段の僕は、自分の失敗の理由ばかりを考えている。失敗から法則性を見出して、それは「◯◯のせいだった」と言う。妻から、その考え方が嫌だ、と言われた。聞いていて、誰も楽しい気持ちにならない。本当にそのとおりだ。
一方で、「◯◯のおかげで、自分はうまくいっているんじゃないかと思う」と話してくれる友達がいる。話を聞いていて、僕の方まで元気になってくる。成功の理由から学ぶ姿勢を、僕の「思考のベース」にできたなら、僕は今とは違った自分になれるかもしれない、と希望がわいた。

そこで「自分はどうして成功したのか?」と自問してみたら、「自分は成功したんだっけ?」という疑問がわいた。
僕は、ひとつの山を超える頃には、もう次の山を目指しているから、いつまでたっても成功の達成感がない。人にほめられて「たしかに、すごいよね」とうなづくけれど、実感がない。過去や他の人と比較しないと、自分の「成功」を見つけられない。やれ、何かを受賞したとか、ランキングがどうだとか。いや、そんな比較で考えつく「成功」って、本当の成功なのだろうか。

小学生のときに、はじめて「親友」と信じて疑わない友達ができた。一生、この友達を大切にする、と心に誓ったとき、僕はどんなことがあっても生きていける、と思った。一生の友達でありつづけるために、自分自身を磨いていこうと心に決めた。まるで「無敵」だった。あのときの気持ちこそ、本当の「成功」じゃなかろうか。
今、こんなにも友達に恵まれているのに、僕の心の中は、コロコロ変わりすぎていて、どこにも達していない。



経済学者が「欲望は増大を求める」と言っていた。欲望に果はないのだろうか。欲望を自制できた先に、何が待っているんだろう。静かな心の中に、光り輝くものがあるんだろうか。もはや、光すら求めない心になるのだろうか。そのとき、僕はどのような価値を見出すんだろう。「我足るを知るのみ」それで良かったんだっけ。何のために、僕たちは俗世に生まれたんだろう。
「ディレクター」という仕事をはじめたのは
今からもう14年も前。

「ウェブディレクター講座」で講師をさせていただいた過去もあり
一通りの仕事はできるようになったのですが
今更、改めて「ディレクション」について思いをはせています。

デザインにしても、作曲にしても
素晴らしい出来映えと、そうでない物の差は
クオリティとしては雲泥の差がありますが

それが出来上がるまでの時間は
ほんのわずかな差しかないことを
たびたび経験します。


本当に、この人に依頼し続けて良いのか、と疑問を持ったこともありました。
しかし、結果的に、その人じゃないとできないレベルの
素晴らしい結果を目の当たりにします。

ディレクターとしての「目利き」とは何なのか?

制作途中のものを見たときに
ディレクターがすべきアドバイスは何なのか?

最近の経験から、良い結果を生んでいるパターンを
メモしておきたいと思って、日記を書き残します。

■ ディレクターがすべきこと

1. 良い事例を積極的に調べて、共通点を正しく捕らえること

共通点は、シンプルな1つだけでなく、
イレギュラーなものにも共通するルールを見つけ出す必要があります。
そのために、できるだけ多くの情報を集めること。
その成果が、ディレクションの指示に活きてきます。


2. 自分でも作ってみること

プログラミングと違って、デザインや作曲は、ボツになるとすべてが無駄になります。
だから、サンプルを数パターン作ることは、クリエイターに大きな負荷になります。
サンプルを試したいときは、自分で手を動かして、ある程度のクオリティまで作り込むこと。
それによって、制作途中のものを確認したときに、その先にあるゴールを予想できるようになります。


3. 答えは複数ある、という意識

デザインはアートではないので、複数の選択肢があがったときに
どちらでも正解にたどり着ける、ということを、常に意識すること。
なるべくなら、クリエイターの得意なやり方を優先すること。
その方が、早く答えに近づきます。


4. ノウハウは、目の前の事象からしか学べない

ディレクターが判断するためのノウハウは、人から学べるものではない、という覚悟が必要。
常に結果を見て、クオリティ、制作期間、チームのモチベーションなど
その仕事の質があがるように、真摯に向かい合い続けること。
誰かに教わろうとしても、それは人のやり方の良い点と悪い点を知る以上の成果は得られない。
自分を成長させるには、自分で深く考えなければならないし、そこから逃げてはいけない。


〜〜

時間に追われていると、仕事の質があがっていかないので
たまに、こうやって仕事を振り返ることも大切だなぁ、と思います。

人に見せるほどの価値のある文章ではありませんが
未来の自分のために残します。

プロデューサー、ディレクター、デザイナー、プログラマー、ゲームデザイナー、と
いろいろな仕事を同時にこなしていても
それを言い訳にせず、「ディレクター」の仕事をしているときは
「ディレクター」としての役割にフォーカスすることが大切ですね。

反省もこめて。